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東京高等裁判所 昭和44年(ネ)638号 判決 1971年8月10日

控訴人 青木さかえ

被控訴人 吉田佐一郎

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し金一〇〇万円及びこれに対する昭和四三年三月二六日から支払ずみまで年五分の金員を支払うべし。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張及び証拠の関係は、当審において、控訴代理人が自動車損害賠償保障法による給付金五〇万円の内容は、治療費金一七〇五円、看護料(控訴人の姉小杉きんの一〇〇日間の付添分)金八万三七〇〇円、通院費金四万八〇〇〇円、補償費金三六万六五九五円であつて、右補償費金三六万六五九五円中金一五万〇九五一円は休業補償であるから、残金二一万五六四四円が慰藉料である。しかしながら慰藉料の算定にあたつては、被害者の社会的地位、所得、治療日数、右保険給付金査定の際打ち切られた金額など諸般を考慮すべきところ、控訴人は朝日生命保険相互会社の外務員であつて、年収金七〇万円前後の収入があること、控訴人は本件事故による傷病の治療に二年有余を要したこと及び右保険給付金は金七一万〇六〇五円と査定されながら、傷害の場合の法定限度額金五〇万円をこえる金二一万〇六〇五円が打ち切られたことなどを考慮すると、控訴人が受けるべき慰藉料を右金二一万五六四四円に限るのは不当であると陳述し、証人伊藤力の証言及び控訴人本人尋問の結果を援用し、被控訴代理人が当審で提出した乙号各証の成立を認め、被控訴代理人が自動車損害賠償保償法による給付金の内容が控訴人の主張するとおりであることは認めるが、しかし控訴人の本件事故による傷病はきわめて軽微であつて、付添看護、通院、休業補償を必要とする程のものではないから、控訴人が受領した金五〇万円は治療費金一七〇五円を除く金四九万八二九五円全額が慰藉料と認むべきであると陳述した(証拠関係省略)……ほかは、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

理由

一  控訴人は昭和四一年一〇月二九日午後四時三〇分ころ、被控訴人運転の普通乗用自動車(登録番号浜松五す七〇七四号)に同乗し、静岡県浜松市伝馬町一二六番地先国道一号線を北進中、同所において伊藤岩夫運転の普通貨物自動車に追突したこと、右は被控訴人が先行車の進行状態に注意を払い、その安全を確認すべき義務を怠つた過失によるものであることは当事者間に争いがなく、控訴人が右衝撃によつて頭部外傷をこうむつたことは、公文書であるから真正に成立したものと推定する甲第二号証、原審及び当審における控訴人本人尋問の結果によつてこれを認めることができる。

二  そこで慰藉料の額について検討することになるが、控訴人の病状として頭痛、めまい、頸部痛、四ししんとうなどの障害が現れ、記憶力が減退し、右症状は本件事故後一年有余を経過するも好転する見込みがないことは、弁論の全趣旨により被控訴人において明らかに争わないものと認められるので、これを自白したものとみなすところ、被控訴人は控訴人の右のような症状は本件事故以前から続いているのであつて、本件事故との間に因果関係はないと主張する。

よつてまず控訴人の治療関係をみるに、弁論の全趣旨により成立を認める甲第七号証、乙第五号証、成立に争いのない甲第一一号証、乙第二、第三号証、第七ないし第一二号証の各一、二、第一四号証の一、二及び三の一、二、第一五号証の一ないし八、第一六号証の一ないし四の各一、二、第一六号証の五、第一六号証の六ないし八の各一、二、第一六号証の九、一〇、第一六号証の一一、第一七ないし第二〇号証の各一、二、第二一号証の一ないし五、第二二ないし第二六号証の各一、二、第二七号証の一ないし二三(但し同号証の一ないし四、八、一〇、一二ないし一五、一七ないし二二は各一、二)、原審証人三沢廸夫(第一、二回)、同山本達海、当審証人伊藤力の各証言それに原審及び当審における控訴人本人尋問の結果をあわせると、控訴人は本件事故当日三沢病院において診察を受けたところ、頭部外傷の部分を押さえるととう痛を訴え、眼球しんとうなどの急性症状がある程度で、受傷二日後にとつたレントゲン撮影の結果でも、脳部に異状を認めなかつたから暫く通院したが、控訴人から進んで昭和四一年一一月九日三沢病院に入院したこと、三沢廸夫医師は入院後直ちに脳背椎液検査、脳血管撮影、血液反応検査による精密検査を行つたが、頭部外傷のほか脳部には何らの機質的変化を認めず、一般的症状としても頭痛、耳鳴りがあり、不定の発熱がある程度であつたこと、同医師は控訴人の右症状は肉体的なものよりも精神的性格的要素によるものであるから、これ以上悪化することはないものと認め、控訴人を同四二年二月一六日退院させたこと、その後同年六月七日から同四三年一月二一日まで日吉診療所に通院し日吉明医師の治療を受けたが、同医師は控訴人の症状について、その主訴は眼があけられない、フラフラする、それに頭痛の三つであるところ、精密検査の結果、中枢、末梢神経系統に機質的異常なく、控訴人の症状は要するに、昭和三四年一一月三〇日子宮がん手術の折両側卵巣摘出以来あつた慢性卵巣欠落症状としての不定神経症状に、あらたに交通事故による賠償神経症的要素が加わつた複雑な賠償神経症であると診断していること、さらに控訴人は同四三年九月一五日から同四四年六月二七日まで伊藤整形外科医院に入院し、伊藤力医師の治療を受けたが、同医師は控訴人の症状について、その主訴は肩こり、両肩関節痛、頭痛、右手のしびれであつたが、五〇才位の年令になると右のような症状が現れるのが通例であるから、控訴人の場合も交通事故による傷病と関係なく、神経痛として処置したこと、一方控訴人は前記子宮がんの手術以来、自律神経失調症、すなわち頭痛、首すぢのとう痛、肩こりなどの症状を呈し、しかし右症状は薬物療法のほか、精神的療法を必要とする体質的要素が多分にあつたことが認められ、右認定と異なる証拠はない。

右認定事実によると、控訴人の前記症状は必ずしも本件事故によつて発生したものとばかりは認めがたく、さりとて本件事故と全く関係がないものとまでは断定できないので、いうならば控訴人の前記症状は、同人が従来有していた慢性的自律神経失調症に、本件事故及び同人の体質的要素が加わつて、右症状が増強されたものであると認めるのが相当である。このように傷病が単に交通事故を唯一の原因とするものでない場合傷病と事故との因果関係について、直ちに民法第四一六条第一項にいう通常生ずべき損害とみるか、第二項にいう特別事情による損害として予見可能性を認めるかは別として、傷病と事故との間に因果関係を認め、右傷病による全損害を事故による損害とすることは、損害の公平な分担という見地からして相当でなく、むしろこのような場合には、事故が傷病に寄与した限度において相当因果関係を認め、その限度において賠償責任を負担させるのが相当であり、本件についてこれをみれば、控訴人の本件傷病に対する事故の寄与度は三割程度と認め、全損害の三割の限度において、被控訴人に賠償責任を負担させるのが相当である。

控訴人が事故後昭和四一年一一月九日から同四二年二月一六日まで三沢病院に入院したほか、二年有余にわたり前記傷病の療養にあつたことは前述のとおりであるが、控訴人はそのため金三九万三八三三円の損害をこうむつたという。ところで控訴人は自動車損害賠償保障法による給付金として金五〇万円を受領し、その内訳が治療費金一七〇五円、看護料(控訴人の姉小杉きんの一〇〇日間の付添分)金八万三七〇〇円、通院費金四万八〇〇〇円、休業補償費金一五万〇九五一円、慰藉料金二一万五六四四円であつたことは当事者間に争いがない。すると控訴人の前記傷病に対する事故の寄与度が三割程度であることを考えると、控訴人が本件事故によつてこうむつたと称する損害(金三九万三八三三円)の三割に相当する被控訴人の賠償責任は、右給付金の給付により十分果されたものというべく、控訴人が本件事故により受けた精神的苦痛も、控訴人主張の諸般の事情を考慮にいれても、右慰藉料査定額金二一万五六四四円の給付により、優に慰藉されたものと認めるのが相当である。

三  されば被控訴人に対し、金一〇〇万円の慰藉料請求権を有することを前提とする控訴人の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく失当である。

よつてこれと結論を同じくする原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担について民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 浅沼武 岡本元夫 田畑常彦)

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